バイオな日用品
突然ですが、皆さんは「培養された」レザージャケットを着たことはありますか?
レザーを培養するとは、どういうことだ?と思った方も、少なくないでしょう。
これは、あるアート作品のコンセプトで、実際にニューヨーク近代美術館MoMAの展示会に出品された、オロン・カッツというアーティストによる「未来の服」のプロトタイプなのです。
この作品の名前は「Victimless Leather(犠牲なきレザー)」※1。彼がこの作品を作った背景には、人間のみならずどんな動物も犠牲にしないでレザーを作れないか?という想いがあったとか。
培養といえば、最近は食の分野で「培養肉」の開発が進んでおり、動物の倫理や環境配慮の観点で有用なテクノロジーとして注目を浴びていますが、これを衣服にまで応用するというアイデアが新しいですね。
こうしてバイオテクノロジーを用いたアート作品は他にもたくさんあり、総称してバイオアートと呼ばれます。今まで主に医学や食料問題の分野などで目にしていたバイオテクノロジーがアートと融合することで、思いもよらない新しい未来の可能性が見えてくるのです。
昨今、私たち人類はますます自然との共生を迫られ、地球を壊さずに種を存続していく方法を模索しています。
21世紀に至るまで、自然をサイエンスによって「解明」し、その上で「利用」してきた私たち。他の種を差し置いて爆発的に人口数は増加し、地球が耐えられるスピード以上に資源を産業用に「消費」してきました。
結果、今人間たちは「人工物」に囲まれて暮らし、自分たちも自然の一部である自覚がどんどん薄くなってきたような印象があります。(都会で育った人が、虫の1匹を見るだけで大騒ぎしてしまったりするのもそんな現象の一つでしょうか)
「犠牲なきレザー」のように、もっと人工物たちが生命に近づいたらどうなるでしょうか。細胞で出来た衣服の他に、椅子やソファーなどの家具も有機物で作ったらどうなるでしょうか。
実際に、MIT教授のネリ・オックスマンは「Gemini」※2という子宮をイメージした椅子を3Dプリンターで制作。椅子に横たわると屋根のような部分に頭が囲まれ、使われている特殊な材質によって音響が工夫されているために、まるでお母さんのお腹の中にいる時のような静けさを体験することができるのです。
現在はあくまでアート作品にとどまっていますが、人々が自然との共生を模索する一つの可能性として、いつか本当に細胞から作られた日用品や、生命を模した製品が当たり前のものになるかもしれません。
そうなった時、私たちはまた野生の感覚を、取り戻すのでしょうか?
※1 Victimless Leather:https://tcaproject.net/portfolio/victimless-leather/
※2 Gemini: https://neri.media.mit.edu/projects/details/gemini.html